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ディスカッション

第3回 『野生動物との接し方』

【目的】
以前、『野生動物にエサを与えること』でディスカッションをしましたが、十分に話せなかったようなので、もう一度、もうちょっと広い範囲に広げて、野生動物との接し方を語り合いたいと思います。
【期間】
2003年10月23日~2003年11月30日(1ヶ月ちょい)2003年12月10日(1ヶ月半)
【投稿の際の注意】
たくさんの方の意見お待ちしています。
人の意見に反論したり共感したりするのは良いですが、誹謗中傷は絶対にしないで下さい。
明らかに、攻撃的な意見の場合は、予告なく削除しますのでご了承下さい。

--- 意見募集は終了しました ---

第3回 『野生動物との接し方』」への55件のフィードバック

  • 以前、『野生動物にエサを与えること』でディスカッションをしましたが、十分に話せなかったようなので、もう一度、もうちょっと広い範囲に広げて、野生動物との接し方を語り合いたいと思います。
    本日から11月いっぱいを予定しています。
    たくさんのご意見お待ちしております。

    返信
  • ちょっと範囲を広げすぎたかしら・・・。
    では、ちょっと提言。
    まずは、以前やったテーマと同じ。
    『野生動物にエサを与える行為』これどう思います?
    つまり、山や海で出会う動物ーたとえばシカ、タヌキ、サル、トビ、カモメなどに食べ物をあげること。
    あなたはあげますか?

    返信
  • 参加しまーす。
    私は小さい頃、家に鳥のエサ台がありました。祖父が作ったみたいです。
    身近に鳥さんがいるってうれしかったのを覚えているよ。
    あと、修学旅行で奈良に行ったとき、「シカせんべい」って売ってて、シカにあげた。あげ終わると「もっとくれー!」って言いたいのか角を私に向けて突進してきた。怖かったよ・・・。
    あ、でも。ついこないだ港の公園に遊びに行ったら、カモメ(かな?)にかっぱえびせんをあげてる人がいて、確かに私も大好物だけど、しょっぱいのにいいのかな?って思ったよ。

    返信
  • はじめまして。
    興味深いテーマだったんで投稿してみます。
    オレんちは、近くに大きな公園があるマンション住まいなんですが、公園でハトにエサをあげてる人がいて、マンションまでハトが群がってきます。
    ベランダはハトの糞まみれ、9階なのに、気づくとベランダの手摺に数羽留まっているんです。
    迷惑この上ないですね。
    オレは逆に質問したい。
    ハトにエサをあげる理由ってなんですか?
    あげる人がこれを読んでたら、ぜひ意見が聞きたいです。
    …初書き込みで生意気言ってすいません。

    返信
  • 北海道では、キタキツネに餌をやる事は、嫌われます。エキノコックスの問題があるからです。
    ヒグマなども、餌をあげる訳ではありませんが、登山客が食べ物を放置したり、森林公園などに食べ物を捨ててくると、間接的にヒグマが出没して被害者が出ます。
    ちなみに、私の家は海岸沿いでいつも、浜辺に多いときは千羽のカモメがいます。家中糞だらけです。窓も一日に何回も洗わなくてはいけません。でも不思議と腹は立ちません。自然は人間だけのものではなく、他の動物と共有しなければいけないと、考えているからです。住んでいる環境によって、又動物の種類によって人間が、知恵をはたらかすべきなのでしょうね。
    ちょっと、テーマから外れているかもしれませんが、感想かな?

    返信
  • ちゃこさん、のぎさん、夜景さん、意見ありがとうございます。
    私は野生動物には絶対にエサをあげないようにしています。
    その理由は生態系保護と、野生動物自体の健康のため。
    人間が食べるものは、どうしても塩分や油分が多かったりするので、なるはずのない糖尿病になる野生動物もいるそうです。
    それに、本来弱肉強食であるはずの世界で、その生態系のトップにいる人間に餌付けされて人間のそばに寄ってくる自体が異様な光景に思えて仕方ありません。
    のぎさんと同意見で、なぜエサをあげるのか聞いてみたいです。
    夜景さんの言っている放置した食べ物を食べてしまう例に思わずうなってしまいました。
    それに、エキノコックスやヒグマの被害などがあがるなんて、北海道なんだなってしみじみ思います。
    カモメと共生しているのって、なんか雰囲気分かります。
    でも、エサをあげたりってしてないんですか?
    私、昔海岸でお昼を食べていたら、上空を飛んでいたトビが滑空してきて、昼ごはんをかっさらわれました。。。

    返信
  • ちゃこさんの家はいまでもエサ台でえさをあげているのかな?うちでも今くらいの時期から親が庭に穀物系の餌を木に吊るしたお皿の上においてます。うちにはシジュウカラがよく来ます。
    窓から外を見ていると鳥にもいろんなキャラがいて見ていると楽しいよ!用心深くエサの近くに来てもなかなか食べようとしないのや、逆に全然動じず一心不乱に食べるもの、また他の鳥がお皿から落としたエサを取り合ったり取り合って争っている間にチャッカリ横取りすものとかね☆
    こんな賑やかなのも冬だけ。春になって野に食べるものが多くなってくると徐々に減っていきます。
    ちたまさんや夜景さん同様、野山に行って動物を見たときにそれに餌をあげるのは僕もどうかと思います。ただ人間の食べているものが野生動物にそんなに良くない物だとはビックリでした!
    だけど『季節限定』とか公園にいる鹿みたいに『半野生』の動物にそこにある比較的人の手の加わっていない(鹿せんべいとか)をあげて生きものとふれあうというのはいいことなんじゃないかって思います。
    つまり場所とえさを考えて!ってこと。いくらかわいいからって自分勝手にどこででも餌を与えてたらのぎさんの周りように迷惑を蒙る人たちもでてくるし、そうなれば餌をまいてる人やなにより生きものに対して憎しみや嫌悪感を持つようになってしまうし。
    『餌をあげる』ってつい安易に考えがち。だけどそこにはいろんな深い意味が含まれているんだなーってみんなの意見をきいて実感しました☆

    返信
  • シロ&トモさんへ。
    もうエサ台はないです。おじいちゃんが亡くなるまではあったと思うけど、今はその家も引っ越したんで。
    今、室内犬を飼っていますが、私たちが食べているご飯(例えば肉とか)をあげるときは、一度口の中で噛んで塩分をとってからあげてますよ。やっぱり愛犬だし、病気にはなってほしくないし。
    その点では野生動物も一緒だと思います。
    でも、やっぱり子供の頃に身近にいた野鳥って印象に残っているし、エサをあげることイコール悪いことには思えないです。
    あげるエサさえ気をつければいいんじゃないかな。

    返信
  • はじめまして。
    意見を書かせてもらいます。
    意見を一言で言えば、エサをあげることは“大反対!”です。
    ハトでもトビでもカモメでも鹿でも猿でも、エサをあげれば確実に繁殖して増える。
    増えたら増えたで、農作物とか荒らされて問題になる。
    『エサあげないで下さい』と張り紙がされる。
    人間が勝手にエサを与えて増やしといて、増えたら困るからエサをあげず、飢えて死んでいったりする。捕まって殺されたりする。
    エサを与えて起こる結果はそういうことじゃないのかな。
    増やすだけ増やしといて勝手だと思わない?

    返信
  • エサを与えること=野生動物繁殖
    となるのでしょうか?与え方の問題なのでは?
    また生態系を乱すからエサを与えるのが反対たという方々に質問!
    人による動物保護はみんなにとって愚行ですか?

    返信
  • 遅くなりました!ちゃこさん返事ありがとうございます。
    ウチにも室内犬がいて、家族が食事をしていると食べ物を欲しがるので少し?あげるのですが食べるのはナント生のダイコンやキャベツ!さらに好物はふかしたサツマイモ☆『オマエはほんとに犬かー!』ってカンジ。でも人工ではなく自然のものを好んでいるので量さえ気をつければいっか!ってここでの意見を聞いてそう思っています。
    ところで、エサをあげることが繁殖につながるかは僕には疑問です。もしエサをあげるだけでふえるのなら絶滅の危機にある希少野生動物は人の手を借りてでも食べ物を与えればすぐに増えるハズ。それが増えないってことは人間による自然破壊等も関わっているかもしれないが、環境の変化や種の回復不可能なほどの乱獲等、色々な要因が絡んでのことで一概にエサを与える与えないだけの問題ではいような気がします。
    ただよく話題になる日光の猿のように人を襲ったりするようになったのは面白半分でやたらとエサを与えた結果じゃないかと思います。やっぱり自然の中に入ったらエサはあげるべきじゃないよね。
    人による野生動物の保護については『地球の自然環境を守り次代へ残す』ということの一部として捉えれば、大切なことのような気がするのですが…過度の保護は生態系のバランスを崩すことになりかねないし…線引きが難しいですね。

    返信
  • >エサをあげることが繁殖につながるか
    私の考えを書きますね。
    人間に餌付けされる&ゴミを漁るなどの行動を取る野生動物は、適応能力に優れていると思っています。
    たとえば、カラス。
    普通は、枝を使って巣を作るのに、都会ではスチールハンガーなどを利用して巣を作るそうです。
    こういう、応用性に富んでいる野生動物は、たいてい人間の生活に密着し、増えていってます。身近な例で言えば、トビ・カラス類・ハト類・サルなどですね。
    貴重とされている、絶滅しかかっている野生動物は、たいていが繁殖方法が特定の場所と限られてしまったり、エサも限られてしまったりと、もともとの生活から離れられないものです。
    だから、エサをあげる=繁殖ではないのです。
    ただ、事実、餌付けされている野生動物が繁殖しているのは事実です。

    返信
  • >エサを与えること=野生動物繁殖
    全部が全部じゃないと思うけど、ちたまさんの意見のとおり、人間の生活と密着できる野生動物は確実に繁殖しています。
    ガジュマルさんが言うように、あげ方の問題というけれど、正しいあげ方ってなんですか?
    「自分ひとりだけなら平気」みたいな考えだったら、ただの勘違いですよね。その「自分だけ」と思ってあげている人が何十人、何百人っている場合だってあるんですから。

    返信
  • 自然というものについて議論している以上、真贋をつきつめるのはどうだろう?
    みえるのだろうか?
    今正しいと思って行なっている事が50年、100年先には否定されるかもしれないテーマの中で。
    私の考えが正しいかは解らないが、エサを与える行為を個としてではなく、ある一定のモラルを持った組織の管理下に於いて与えるなら構わないのではないか。
    たとえば、公園のような動物たちに監視の目が行届く様な場所や、
    越冬のため飛来した白鳥等に或る選ばれた人達が決まった量のエサをあたえるなど。
    どうですか?

    返信
  • もともと、ディスカッション≒ディベートというものは、「理論・事実」に基づいて、主観を交えず話し合いをするものです。
    冷めず、熱くならず。
    感情で話さず「事実」を述べることはとても大切なことです。
    といっても、「私はこう思うけど」というのはもっと大切です。
    たしかに、自然環境というものには正しい答えはないのかもしれません。

    返信
  • >公園のような動物たちに監視の目が行届く様な場所
    どの程度の監視でしょう?
    なにを監視するのでしょう?繁殖させないための監視ですか?それはさすがに無茶だと思うのですが…( ̄⊥ ̄A
    >越冬のため飛来した白鳥等に或る選ばれた人達が決まった量のエサをあたえる
    与える必要はないと思います。
    肉食動物は生きる手段として「狩り」をするのですから。
    人間にエサを与えられるということは、人間に依存して生活しているのであって、人間がエサをあげなくなったら生きていけない場合が出てきてしまうと思いますが。

    返信
  • んー、人はどーぶつに手を出すなってコト―?
    もし巣から落ちたヒナとか見かけたら何とかしたい!って思うけどー
    それってNG?

    返信
  • ちたまさんの言うとおり、弱肉強食の生態系の保護
    という観点でみれば、野生動物にエサを与えたり人間による絶滅危惧種の保護などはたしかに奇妙ですしその考えに於いては正論でしょう。
    ただ、人間は生態系の頂点に立ちながら特異な存在ではないでしょうか?
    弱肉強食だけで語るならなら人間にとって他の種を絶滅させることや生態系の破壊など極めて容易な事。
    そしてその考えを人間に当てはめつきつめていけば、力さえあれば何をやっても構わない、という殺伐とした世界になりませんか?
    しかし人には智と心があります。
    今回のテーマの場合、他の動物を観察したり機会があれば間接的にでもふれあうことで
    地球の中でのお互いの存在意義を認識し人間に自制を促すことに繋がりませんか?
    そうした中の1つとしてある一定の条件下であればエサを与える事は構わないのではないでしょうか。

    返信
  • ウッドペッカーさんへ。
    巣から落ちたヒナや、巣立ち損ねているヒナを何とかしたいって思うのは、人間の善意として気持ちは分かります。
    でも、保護したり巣に戻したりするのは本当に正しいことなんでしょうか。
    ヒナが落ちていても保護する必要はないと思います。自然界なら、巣立ち前後に死亡する率は高いでしょうし、普通にみられる出来事でしょう。
    巣から落ちているのならば、巣に戻すのではなく、例えば人に踏まれなさそうな端のほうにでもよけてあげる程度で十分だと思います。
    高い場所にある巣に戻すとき、脚立なんかを使うと思いますが、そのときもしヒナが暴れて、その拍子に他のヒナが落ちてしまったらどうするんでしょう?
    そういう可能性も考慮にいれたほうがいいです。

    返信
  • >弱肉強食だけで語るならなら人間にとって他の種を絶滅させることや生態系の破壊など極めて容易な事
    たしかにそうかもしれないなーって思いました。
    >他の動物を観察したり機会があれば間接的にでもふれあうことで地球の中でのお互いの存在意義を認識し人間に自制を促すことに繋がりませんか?
    たしかに、子供の頃に動物とふれあうことで「自然を大切にしよう」という心が生まれる可能性は大ですね。
    では、逆にガジュマルさんに聞きます。
    >一定の条件下であればエサを与える事は構わないのではないでしょうか。
    「一定の条件下」ってなんですか?
    与えるエサの量ですか?質ですか?それとも、あげる人の選別ですか?

    返信
  • ちょっと、一言。
    自然界の動植物の中で、必要以上に自然をいためつけているのは人間という動物ぐらいでしょう・・・。
    生態系を壊しているのも人間ぐらいでしょう。「申し訳ない」ぐらいの謙虚さが前提にないといけないと思います。
    破壊者・人間の立場である事をまず自覚する必要があります。
    何だか、自分はそうでないみたいな意見が多いようですが、間接的にも生きている以上、自然破壊に参加しているはずです。
    家、車、食べ物、着る物、自然破壊の恩恵で私たちは生きているのです。
    そうじゃない方いますか?
    落ちた雛を助けたいと思うのは、善意ではないです。人間の本能でしょう。
    その気持を育てていかなくては心豊かに生きていけません。
    木を見て森を見ずみたいな意見が多いと感じてます。
    弱肉強食だって人間が1番じゃないでしょう、人間なんか滅びても微生物は生き残るでしょう。
    人間が1番優秀と考えているから、間違えが起こって来たのではないでしょうか。
    批判的な意見でごめんなさい。
    なんだか、やりきれなくて・・。

    返信
  • 色んな意見が揃ってきました。
    それぞれの考え方がよく表れてますね。
    夜景さんは、つまりエサを与えたり、巣にヒナを戻したりというのは賛成派ととってよろしいでしょうか?
    >自然破壊の恩恵で生きている。
    確かにそのとおりですね。これ以上適切な言葉はないんじゃないかっていうくらいの事実です。
    私の意見としては、野生動物の生活に人間が介入する余地はないものと考えてます。エサは絶対にあげないですね。
    でも、目の前にヒナが巣から落ちてピーピー鳴いていたら、きっと何とかしたいと思うんでしょうね。矛盾してるなー。
    私の場合、森を見て木を見ずな気がしてます。もっと見方の幅を広げなくては!!

    返信
  • ちたま様
    エサを与える事と巣に雛を戻す事を同じ観点で取られる事自体不自然でありませんか。
    環境保護という名目だけで、ダム建設を全部反対はできないでしょう。
    必要か否かを的確に判断する能力が日本人に必要なのです。
    白黒で解決しようとするから、問題がゆがんでくるのです。
    それが日本社会であり教育の問題点でもあるのです。
    ちたまさんの「野生動物の生活に人間が介入する」どこで線引きするのですか?乱開発している日本の国土の何処から何処までを野生動物の生活圏とするのですか?
    日本は有数の渡り鳥の通過点ですよね、鳥の好きなちたまさんは、彼らの居場所をどう考えていらっしゃるのか?
    非常にキツイ書き方かもしれませんが、机上の空論ではありませんか。
    テーマが人と自然の関わり方が原理原則のはずです。
    >自然破壊の恩恵で生きている。
    とあえて書きましたが、本来は自然そのものの恩恵で生かされていると考えるべきなのです。それが人の本来の姿のはずです。
    この根本を忘れると、せっかくのこの素敵なテーマが幼稚な空論で自己満足の世界で終わります。
    そうして、日本社会がゆがんでいった事を忘れてはなりません。
    ここで、ディスカッションに参加なされている方は、きっと良識をもっていらっしゃると思います。
    後はここで認識と見識を身につけられると本来のテ-マディスカッションの意義に近づくと思うのです。
    踏み込まなくては真実は見えてこないと思います。
    余計なお世話なのかな・・・?

    返信
  • 今晩は、しつこくてすみません。
    自然って、太陽や月も地球に関わっているでしょう・・・?
    ある意味では宇宙も・・・。自然と人工の線引きはあまり意味がないと思うのです。
    あくまでも、野生動物の生活圏の線引きです。
    何だか自分が嫌な奴におもえるのですが、ちたまさん。「野生動物との接し方」がテーマですよね・・。
    テーマが「接し方」なのに、接してはいけないとは書けないでしょう。
    野生動物の方も、野良猫も入れるのかな?人間と同じ生活圏?どんどん嫌な奴になっちゃう。
    野生動物とは基本的に接するべきでないと思いますよ。
    そこで例外として、どんなケースは認められるべきか考えてみたいと思います。
    でも、野生動物の定義がないとね、海の側にいると、イルカ、ラッコ、アザラシ、此処まではいいけど、鮫、鴨、蟹、・・・。魚類は含まず?蛍・・。昆虫含まず?山椒魚・・。両性類もダメ・・・。
    まず、野生動物なるもののここでの定義を教えて下さい。
    やっぱり、書けません。すみません。

    返信
  • はじめまして。Caravanと申します。
    今までの議論を拝見させていただいて、ホント色んな意見があるんだなぁと思いました。そんな中で自分の考えを整理していましたが、なかなかまとまらず現在に至ってます。
    そこで少し別の視点から話題提供ということで。
    野生生物の生活圏や定義についてですが、人それぞれに考えが異なるものなのではないでしょうか。
    例えば北海道の丹頂鶴。日本を代表する鳥で、昔話や絵画にも登場する最もポピュラーな鳥です。この鳥は国の特別天然記念物に指定されており野生生物に位置付けられると思いますが、過去には開発等で飛来地が減少し、一度日本から姿を消しています。
    その後地元の方々が餌をまいたり、飛来地を確保したり、人口孵化したりといったことを続けて飛来が再確認され、現在の個体数を維持するまでに至ってます。
    結局こうした地元の活動が、日本から丹頂鶴の姿が消えることを回避し、鶴の行動圏を確保することに繋がっています。(ちなみにこれも人間の手で野生動物を繁殖させている事実のひとつです)
    もともと人間の開発行為によって減少したものなので、その辺はおおいに反省すべき点なのですが、その開発によって職を得て、生活している人達もいることを忘れてはいけないと思います。また鶴が飛来することを観光資源として(損得抜きにして)生活の糧としている人もいます。
    勝手なことを書き並べましたが、こんな話題もあるということで書き込んでみました。

    返信
  • Caravan様へ
    いかにも、御もっともなご意見と思われますが、この考え方が1番良くないと思います。
    野生動物の生活圏や定義が、人それぞれに考え方が違うことを許すなら、人間の破壊行為も当然人それぞれで認めなくてはいけなくなるじゃないですか。
    この嘘っぽい個人の価値感の尊重が1番いけないのです。それは人間全てが良心によって行動を決めていないからです。
    定義は必要なのです。
    人間の生活の為に、開発している何て言うのもおかしな話です。地元で
    本当にその乱開発を求めていますか
    殆どが、一部の利権の為の開発と予算獲得の為、少なくとも環境保護の観点から考えられた開発なんて皆無に等しいのです。全ての開発を否定するつもりはありませんが、この開発のあり方にメスを入れなければ自然保護も、野生動物をのあり方も論外になるのです。根本的な構造の改革が必要なのです。
    損得抜きにして生活の糧としているとの事、この事は矛盾です。
    損得抜きで餌をあげている方はいますが・・・。
    また、その善意を観光資源に結びつけ、利益を追求しようとする事自体が問題だと思いませんか?
    何故、そっとして置けないのでしょうか?
    利権をむさぼる為の不必要な開発によって鶴がいなくなり、個人の善意と努力で鶴が繁殖できるようになった。ここまでは、人間の行為によるものが原因なので回復作業として認めますが、後は認められません。
    野生動物に餌をあげる行為で認められるものは、人間の手によって生態系が壊れそれを回復するべき時だけに限定してはいけませんか・・・。
    当然、生態系の壊れた原因の検証はしなくてはいけません。しかしこの作業は各省庁の凄まじい抵抗があることを覚悟しなければなりません。開発関係者からの圧力や脅迫なども身をもって経験してます。このテーマディスカッションが絵空事にならない為にも、あえて事実を書かせていただきました。
    Caravanさん、個人的には随分配慮のある方で内容も好きなのですが、ディスカッションなのでお許し下さい。

    返信
  • 少しテーマから外れていきそうなので、やはり「野生生物の定義」は明確にしておかないと意見が錯綜していきますね。
    この野生生物の内容によって生息圏も異なってきますし、接し方の変わってくると思います。私は人間が現在関与していない生物全てと考えてました。ですから当然野良猫だって含まれると思いました。
    ここでの定義は管理者のちたまさんが決めていいと思います。ある意味割り切って決めないと決まらないかもしれませんけど。
    夜景様
    いろいろ反論したい点はありますがテーマから外れそうなので最小限にまとめます。
    観光資源=利益追求というわけではありません。生息圏維持に必要な資金確保のための手段と考えています。
    開発というものはそもそもその地域の生活向上のために行われるものだと思ってます。
    乱開発は誰も求めていません。必要な開発として地元が求めているものも多くあります。「一部の利権の為の開発と予算獲得の為の開発」の方がまれという気がします。

    返信
  • Caravan様
    う~ん、こまったで~す。
    それは、開発の事実が、生活向上の為に仕方が無い事ということは、自然破壊も人の生活向上の為に不可欠という事になり、論点が根本的に噛合わなくなります。
    100歩譲って、開発に利権がまったく関わらないといたしましょう、
    しかし、生活向上とは何ですか?
    利便、効率、物質的豊かさ、その様な事を指しているのかな・・・。
    その為に、自然破壊が許され野生動物の生態系が狂う事を善しとは出来ないのです。テーマから離れているようですが、自然破壊と環境保護の重要性を認識しなければ、野生動物
    にエサをあげるべきか、否かを討論しても意義が薄れると思われるからです。
    回りくどい言い方で、申し訳ありません。
    私も、以前開発サイドの仕事でしたので日本で何が行われてきたか熟知しているつもりなんです。

    返信
  • 夜景様へ
    夜景さんなら「野生生物の定義」と「人間と野生生物の生息圏」の線引きをどう考えるべきだと思いますか。NO.25の表現だと「野生生物とは接してはいけないという考えも持っている」、「定義によって接し方が変わる」という風に聞こえます。
    この辺りの考え・意見を夜景さん以外にもいろいろな人に伺ってみたいです。
    NO.29への回答
    私自身、自然環境保護の重要性は認識しているつもりです。
    同時に開発についてもその必要性と重要性を考えています。
    だからこそ開発時における「自然改変量」と「周辺環境への影響」が最小になるように真剣に考えるんです。自然環境保護を最優先で考えるのなら開発をしない方がいいでしょう。
    1.生活向上のために自然が破壊されることは許されない
    2.自然破壊も人の生活向上の為に不可欠
    この2つの意見をならべてどちらが正しいかという問いに対して答えるなら、私の考えはどちらかと言えば2に近いです。(ここで議論されている方は1を選択されるかもしれませんね。)当然、自然破壊を回避または最小限に止める手段を考えることが前提ですけど。なぜならそれは利便、効率、物質的豊かさが場所によっては不足しているところもあり必要不可欠と考えているからです。極論で議論すれば論点が噛合わないのは当然です。この言い回しで私の言いたいことが伝わるか不安ですがとりあえず投稿しておきます。

    返信
  • 投稿遅くなりました。管理人@ちたまです。
    夜景さん、Caravanさん、熱い討論が繰り広げられてますね。
    「野生動物」の定義ですか…。確かに必要なようです。
    しかし、「自然」とは「人為の加わらない天然な状態」のことですので、俗に飼われている状態・飼い馴らされている状態は「野生」とは呼べないと考えます。
    しかし、動物自身が人間の与えるエサに依存するだけでなく、狩りによって自己で食物の確保をしたり、巣を作ったりしているのなら野生ともいえると思います。
    線引きが難しいのですが、では、ここで言う「野生動物」とは、山や川や森などに棲む動物の他に、公園や街中にいて、人間生活の中に溶け込んで生活しているー例えばカラスとかーも含まれることにします。

    返信
  • ちたま様
    この日本には、もう殆ど人為の加わらない天然の状態は無いと考えて下さい。
    一見、そう見えても人の手は殆どが入っています。山も川も海も繋がっているのです。大陸からの酸性雨で日本の土壌も酸性化されています。
    温暖化による影響も多々報告されています。危機的状態なんです。
    Caravan様
    テーマから外れてしまって困惑されている事でしょう。ごめんなさいね。私の意見は「基本的には野生動物にエサをあげない」です。
    ただし人間の破壊行為によって種の危機にさらされるなどの動物は保護対策が必要だと思います。
    その為には法の整備が不可欠だと思っています。
    よく、政治家が地方の生活の向上のために、開発が必要といいます。
    車の通らない所に立派な橋、道路が沢山でき、川には無数の砂防ダム、海には磯やけの原因のテトラポットの山、護岸工事と漁港のコンクリート化。生活向上になってますか?
    本当に利用されてますか?
    現実に地域の方々の声を聞いてください。真実が見えてくると思います。
    開発のスピードに野生動物が対応しきれないと言う事もありますよね。
    自然を守りながら、自然を育てながらの開発には時間が必要です。
    ちょっと、わき道ですが、日本人が発展途上国での乱開発は有名ですよね。
    彼らの国で我々日本人をどの様に受け止められているかも、真摯に考えなくてはいけません。野生動物は日本だけの問題ではありません。
    太古より、先人から受け継いで来た自然を目先の利便、効率、物質的豊かさを優先し、我々の世代で失う事は、次世代に申し訳なく思うのは私だけなのでしょうか?
    極論で議論しても、「テーマ」がなんなのか考えながらなら、論点は大丈夫でしょう。それがデッスカッションですから・・・。
    生活向上の為の開発を優先するなら、野生動物の生態系はおのずとこわれますよね。
    動物の種を無くせという人はいませんよね、そうすると何らかの保護が必要で、直接的か、間接的か解かりませんが、野生動物にエサをやらざる得なくなる。ということで、このテーマの意味がなくなる。
    そこで、テーマの論点が噛合わなくなると表現しました。
    言い換えればテーマそのものの、意義が無くなるということです。
    このままの開発がゆるされるなら、
    きっと、「野生動物の保護のあり方」と言うテーマになるのでは。

    返信
  • 基本的にエサを与えない、絶滅の危機にさらされている動物を保護するという考えは私も同感です。
    旅先で出会った動物にエサを与える必要はないし、そのエサを与えることによって生じる影響をまず考えるべきかと思います。
    公園のハトにエサを与える行為、これについてもこの行為によって生ずる影響(周辺住民の苦情や周辺生態系への影響も含めて)を十分に熟知し、責任をもてないようであればやるべきではないように思います。(公園にハトがいることで癒される人もいるでしょうし、子供が動物と容易に触れ合う場として役立っているという風にも考えられますが)
    それから市街地などで問題になるカラス、タヌキ、サルなど適応能力の高い動物については、エサを与えるというより、エサがあるから寄り付いているという気がします。私たちの生活習慣や飲食店等のゴミだしの考え方を改善することが第一歩のような気がします。いずれにしてもこうした動物だってもともとそこに棲んでいたのかもしれないし、人間が棲みかを追いやったのかもしれませんよね。
    ちなみにここでいう「野生生物との接し方」に求めるテーマの意義って何でしょうか。いろいろ考えてみましたがいまいちよくわかりませんでした。夜景さんのNO.23あたりがそれを表しているのかなと思ったんですが、もう少し具体的に表現していただけたら助かります。
    開発の考え方については、意見が平行線をたどりそうなのでこの辺でやめておきます。私が噛合わないと表現したのは、夜景さんは「開発=悪」、私は「開発=善」の立場で発言していると思ったからです。善もあれば悪もある。それを極論するから噛合わないと表現したんです。

    返信
  • Caravanさん、夜景さん、みなさん、こんばんは。
    >「野生生物との接し方」に求めるテーマの意義って何?
    第2回テーマの「野生動物にエサを与えること」で答えがでなかったもので、もう少し広い視野から、野生動物と人間のあり方について討論したいと思ったので、こういうテーマにしました。
    エサの与え方から、巣から落ちたヒナなど、身近な話から野生動物に対する人間の態度はどうあるべきなのかを考えたかったのです。
    開発へと話がそれたときは、管理人の私が行司をやるべきでした。
    対処が遅くてすいませんでした。
    でも、動物と人間の開発は切って考えれない話だと思います。
    例えば、見ていない方には分からない話かもしれませんが、
    ジブリ映画の「平成狸合戦ぽんぽこ」は、人間の開発事業によって追いやられたタヌキが主人公になり、環境問題への提議をしていました。
    実際、棲んでいた山や森が、わけのわからない大きな機械であっという間に掘ったり埋めたりされて、棲めない状態になったら、「ぽんぽこ」に出てくるタヌキたちみたいな不満があるんだろうなって思った。
    開発とは野生動物の棲みかを追い立ててきたのはゆるぎない事実です。
    でも、開発について討論していたら、本来のテーマから外れますので、あくまでも「野生動物との接し方」で討論をお願いします。

    返信
  • ちたま様、 Caravan 様、皆様。
    今晩は・・・。
    好き放題、意見を書かせていただきちょっと、心苦しく思っています。ごめんなさい。
    特にCaravan様、きっと解かっていらっしゃると思いますが、ほとんど貴方の考え方と私は似ているのだと思います。
    あえてディスカッションということでご理解ください。
    「野生生物との接し方」ではないですよね・・・ちたまさん。
    「野生動物」でいいのでしょうね。
    動物なら基本的に接するべきでないと考えている私はこのテーマで意見はいえません。
    「接するべきでない」・・・・。
    そうすると、例外が出てきます。
    例外の為に論ずると基本がまたまた見えなくなります。
    ちたまさん、Caravanさんの「テーマの意義って何?」
    の答えになっていないと思います。
    もう少し考えて見て下さい。
    意義です。

    返信
  • 夜景さまへ。
    >「テーマの意義って何?」の答えになっていないと思います。
    んー。
    私の意味の取り違いだったらすいませんが、このテーマを立ち上げて、どういう反応を期待して、討論することにどんな意味があったか?ということでしょうか。
    そういう意味だとしたら、ディスカッションの意義そのものがなくなってしまいます。
    答えを出そうとして、テーマを立ち上げているわけではありません。
    あくまでも、色々な意見を聞くことが、第一目的なわけです。
    でも、どういう話にもっていきたい…!!っていうのはもちろんあります。
    そういう裏の感情を出していいものかと思い、濁していました。
    ひとつは、観光地などで餌付けされたばかりに、サルやシカ、タヌキなどが増え、近隣の農家が荒らされたり、住民に襲い掛かってケガをするなどの問題。
    動物の生態系の中でも、上位のほうに位置する大型哺乳類が、増殖していることで、生態系のバランスが崩れ、肉食動物の増殖に伴っては、小動物などの減少。草食動物の増殖に伴っては、森林生態系へ影響しています。
    魚介類などの乱獲、捕らえることだけが目的の狩猟。
    そういう絶滅の危機に瀕している動物ばかりでなく、増えすぎた動物のために絶滅に瀕している動植物も多くいるんだということを分かってもらおうというのが影の目的です。
    しかし、野にいる動物や野鳥などと触れ合うことで、環境問題への関心が向くということも無視することのできない、大切な時間だと思います。
    拒否することは簡単ですが、
    「触れ合うことの大切さと、触れてはいけない現実とを見つめて、よりよい方法を見出すこと。」
    これが、このテーマの意義です。
    これで、答えになっているでしょうか?
    また的外れだったらごめんなさい。

    返信
  • 確かこのテーマは11月いっぱいが期限だったと思いますが。。。
    議論が終息していかないようなので少し延ばされるんでしょうか。
    私のおかしな投稿から脇道にそれてしまったようで申し訳なく思います。
    で、またかき乱すようですが。。。
    夜景さんの「生物」と「動物」を分けられる理由ってなんでしょうか。
    やはり議論が拡散しないようにネタを絞るためですか。
    それとも前にも確認しましたが「生物」と「動物」とで接し方が変わるということでしょうか。
    ちなみにカラスまで今回の野生動物に含まれるということでしたが、
    (タヌキでもいいんですが)例えば家の近所に棲みつき、こちらに危害を及ぼすようになったらみなさんどうしますか。
    (夜景さんの言われている動物の定義と異なるかもしれませんが、このテーマの中ではカラスも含まれるということなので)
    接しないというスタンスでも、相手は構ってきます。カラスなんかはなわばり意識をもって攻撃してきたらとても危険です。
    1.危害を加えられても接しない、2.追い払う、3.駆除する・・・いろいろな考え方が想定されます。仮にこれがスズメバチならどうしますか。この1~3でも順番が変わりませんか。
    結局普段の生活から離れた森の中と日常接するものとでは「接し方」が変わってくるような気がします。日常となると「危険」「かわいい」「かわいそう」など感情的(?)な部分も含まれてくるような気がします。(間違った考えかもしれませんけど)
    いろいろ考えていくと、方向性がぼやけてしまって、また違う方向に向かっていきそうで申し訳なく思いますが。。。投稿してみました。(決して荒らしではありません)

    返信
  • Caravanサン迷走してルぅー
    なんか枝葉末節に捉われて本線ハズレてフリダシに戻ってるってカンジ。
    But!夜景サンとのバトル、ハラハラものでケッコウおもしろかったよー
    夜景サンときたまパラドックスにハマルケドー
    “自然そのものの恩恵で生かされている”
    はカナリのインパクト!
    By the way
    フトおもったんだけどー
    畑荒らし野生ドーブツ、
    モトモト住んでるトコに畑つくちゃったんだったら
    ブロックばっかじゃなく、チョット離れたトコに餌場なんこかつくってー
    エサやりーの、畑守りーのしたら荒らされにくいんじゃ?
    ドーカナ?
    ちたまサンの作ってクレたロスタイムにネタ振るんじゃー
    遅スギ?

    返信
  • 皆様、今晩は・・・。
    ご質問の生物と動物は、生物は生き物全て?(昆虫も、植物も入るの?)
    と言うことです。
    ちたまさんの「意義」は理解できます。
    ディスカッションの意義ではなく、テーマの定義ということです。
    意義と定義が同じように使われていたので、書きました。
    ウッドペッカーさん。
    パラドックスは、実に痛いです。この傾向にあること自覚しております。
    夢のような話ですが、人間の手で自然を守りたいです。
    壊す方でなく、自然を守り育てていく知恵が人間にあると思うのです。
    その自然の中にもちろん、野生動物も入っています。
    ちたまさんの増殖動物のために小動物が減少していることには
    少し疑問があります。そこに人間の関わりがあるということです。
    自然は上手く出来ています。木の実は小動物の餌ですよね。
    木は毎年、多くの実をつけません。小動物が増えすぎると
    木自体の種をのこせないからです。でも、小動物や鳥が種を運んで
    くれないと、やはり木はなくなります。またひずめのもった大型の動物が
    種が埋まっている場所を足で引っかく行為をしてくれて、発芽しやすくなります。この様に自然の摂理は人間が介入しないとうまくいくケースが多いと思われます。
    でも、人間も自然の中で生きているのです。他の動物のように無駄な殺生はやめていければいいなとおもいます。
    しかし、現状ではそうも言えないところまできているのでしょう。ですから人間が
    当分は、自然(野生動物を含む)を管理保護すべきだと考えています。
    食物連鎖が普通の状態になれば、しばらく様子を見る程度の管理保護ではダメでしょうか?

    返信
  • こんにちは。
    むずかしい話についていけず、なかなか発言できなかったんですが、
    思い切り外しそうですが、仲間に入れてもらおうと思います。
    夜景さんの意見はよく分かるんですが、理想論ですよね。
    それがなかなか出来ないから、問題になっているんじゃないでしょうか。
    大型哺乳類と小動物の関係が、小動物と植物の関係の話にすりかわってますよ。
    小動物-たとえばリスとかネズミとか-とドングリの生る木との関係だったら、夜景さんの言う話はもっともです。
    でも、ちたまさんが言う
    >増殖動物のために小動物が減少していること
    というのは、人間が介入したことで、大きな動物が増えて、食べられる関係にある小動物が減っている…ということですよね。
    それは事実だと思います。
    生態系の中でトップにいる人間。
    私たちの人口爆発のために、動物生態は狂ってきたわけですよね。
    それと同じなんじゃないでしょうか。
    あまり長くなっても読みにくいでしょうから、ここまでの皆様の反応を見てからまた返信してみようと思います。

    返信
  • ちゃこ様へ
    理想論でかたずけられては困ります。
    ヨーロッパやアフリカで多くの方が努力しています。
    また、国家レベルでも自然や野生動物の保護政策
    をとっている国はあるのです。
    日本の政策はどうでしょうか?
    大型哺乳類もどんぐりの発芽に
    おおいにやくだっていますよ。鹿はいい例です。
    話がテーマからはずれそうです。
    大きな動物が増えて、
    食べられる関係にある小動物が減っている。
    この具体例を教えて下さい。
    肉食動物は小動物が減ると大型の動物も
    自然と減るのが自然の掟だとおもいます。
    草食動物が増えて自然を食べ尽くす?
    人間の自然破壊に比較できるのでしょうか?
    この具体例もありますか・・・。現実にです。
    自然がなくなれば、どんな動物だって消滅します。

    返信
  • こんばんは。
    >草食動物が増えて自然を食べ尽くす?
    >人間の自然破壊に比較できるのでしょうか?
    >この具体例もありますか・・・。現実にです。
    への回答を…。
    実際に見た環境なので、年間通して調査・研究したわけではありませんが。
    栃木県奥日光の山林で、餌付けされた鹿の増加によって、低木(高さ5m程度)がほとんど食べ尽くされ、すごく見通しのいい林になっていた場所がありました。
    近隣農家は、荒らされる畑を守るため、金網だけでなく、電流を流す機械を取り付けるなどの対策を講じていました。
    それほど、近隣住民にとって鹿の増加は被害を与えていたようです。
    「エサあげるな」の看板もあったし。
    なにより驚いたのが、低木として残っていたのが、名前を忘れてしまったんですが、葉や根などに毒をもつ植物だけだったんです。
    食べれる植物と、食べてはいけないものを区別できるんですね。
    森として、低木がなくなるということは、低木を棲みかにしている野鳥などもいなくなるということです。
    自然のままの状態ならば、食べられる低木も森一面なくなるほどではないでしょう。食べつくされるほど、増殖させたのは、観光客の軽い気持ちの餌付けが一因です。(それが全てとはいいませんが)

    返信
  • あと。
    >肉食動物は小動物が減ると大型の動物も
    >自然と減るのが自然の掟だとおもいます。
    これは、人間が介入しない場合です。
    夜景さんも
    >自然の摂理は人間が介入しないとうまくいくケースが多い
    って言ってたじゃないですか。
    そうなんです。
    人間がエサをむやみに与える。
    出したゴミを漁って食べてしまう。
    そうやって、「狩り」をしなくても、腹が満たされるんですよ。
    小動物が減っても、そこに人間が介入する限り、変化はないような気がしてなりません。
    ・・・こんな返答でいかがでしょう。

    返信
  • ウッドペッカー さん、ちゃこさん、はじめまして。
    いろんな人の意見を聞いてみたいので、参加者増は大歓迎!
    で、早速本題へ。
    ちゃこ様へ
    生態系と人間の関係ですが、私は人間と生態系を切り離して考えるべきだと思います。
    それは生態系というものは自然のもつ循環(サイクル)が成り立つことが前提だからです。
    人間の生活は自然のサイクル以外のところで成り立っていて、だからこそ自然が破壊されるんじゃないかなと思うんです。
    それと人口爆発のために・・とありますが、人口が増えても自然を愛しみ開発行為よりも自然保護を優先させていれば現在のような結果にはならなかったと思います。私は単に自然環境への配慮が不足しすぎていた結果だと考えています。
    夜景様へ
    私は理想論でも構わないと思います。
    これまでの日本にはこの理想論自体がナンセンスな考えだったんでしょうから。
    理想論があるからこそ、それに向かって色んな政策、施策を講じて対応していこうとしてるんだと思います。
    ただ私は“食物連鎖が普通の状態・・・”というのがピンときません。(発言の趣旨は良くわかります)
    ちゃこさんへのレスにもなるんですが、私は生態系のトップは捕食動物だと思います。鳥類なら猛禽類、哺乳類なら肉食大型動物などです。鳥類もその多くは絶滅に瀕していますが、哺乳類のトップにはニホンオオカミがいました。このニホンオオカミの絶滅にもシカが増えた一因があるような気がします。
    アメリカなどではオオカミを野生に帰す実験(国立公園内ですが)も行われているそうですが、国土の狭い日本でこんなことが可能でしょうか。
    例えが極端過ぎますか?
    いずれにしても、自然の中で生きている私達が、自然を操ることができない中で、どれだけの対応が可能なのかということを考えていく必要があるんだろうと思います。
    またこんな事を考えるのが、このテーマの意義かな、という気もしました。
    いかがでしょうか。

    返信
  • Caravanさんへ。
    返信が不十分になるかもしれませんが、興味深い話が出たので、取り急ぎ返信してみます。
    シカが増えた、他の一因としてニホンオオカミの絶滅を挙げて頂きました。
    確かに、それが第一歩だったと認識しています。
    ニホンオオカミは、1905年(明治38年)に奈良県東吉野村で猟師によって捕獲されたのを最後に絶滅したと言われています。
    それは、おいておいて…。
    オオカミを野生に還す話ですが。
    実は、5~6年前にオオカミ再生構想という運動が起こっています。
    某大学の教授が研究してたもので、目的は「生態系修復」。
    私が初めて知ったのは、読売新聞に載った記事で、今スクラップしておいた記事を読みながら書き込んでいます。
    それによると、アメリカのイエローストーン国立公園にて、毎年20頭ほどカナダオオカミを放っているそうです。
    日本で同様のことを行った場合。
    私が危惧しているのは、放つオオカミの種です。
    計画で放つ予定になっているのは、中国オオカミです。
    同じ「オオカミ」でも、棲んでいる場所が違うなら、遺伝子から違います。
    そこで、今ビオトープなどで問題になっている「遺伝子汚染」が起こると考えられます。
    確かに絶滅させたのは人間によるものですが、だからといって、海を渡る国からオオカミを輸入して放つのが正しいのか私には判断付きません。
    実現するか分かりませんが、候補地として、さきほど私が書き込んだ日光があげられています。
    「あかずきんちゃん」や「7匹のこやぎ」など、オオカミは常に悪者として描かれていますが、本来は人間を襲ったりしないようです。
    しかし、人間は襲わなくても、畜産業は心配だと思います。
    金網で森全体を囲い、一定区域だけで放つと言っていますが、もし金網より外に脱走したら、人間はどうするんでしょう?射つんでしょうか?
    色々問題がありますね。発想としてはすごく興味深いんですが、実現には並ならぬ道のりがありそうです。
    >こんな事を考えるのが、このテーマの意義かな、という気もしました。
    これが、一番嬉しい一言です!!
    そういっていただけると、本当に嬉しい☆
    私もみなさんの意見をたくさん聞いて、すごく勉強になります。
    ありがとうございます。
    またゆっくり返信します!

    返信
  • 何やらテーマから外れて盛り上がってますね。
    私がテーマを外してる張本人かもしれませんが・・。
    ちゃこ様へ
    日本でも、河川なら”多自然型護岸(河川)工法”、道路なら
    ”エコロード”などの取組みが既に行われていますよ。
    それぞれ検索してみたら詳しくわかると思います。
    やることは可能ですよ。ただこれまで通常行われていた工事よりも
    お金がかかります。自然を守るためにお金がかかる。
    このお金をどう見るかが課題です。
    (また開発ネタに戻るのでこのレスはこれでお終い)
    ちたま様へ
    確かに野生動物は臆病(=警戒心が強い)ので基本的に
    人前に現れず、また人を襲わないでしょう。
    でも(クマもそうですが)子連れの場合や巣に近づいたりしたら、
    相手を追い払おうとしますよね。
    またご指摘のとおり家畜を襲うと思います。
    日本でもアメリカでもオオカミはこのために駆除され
    絶滅に追い込まれたんじゃないでしょうか。

    返信
  • Caravanさんへ。
    おっしゃる通り、オオカミがヨーロッパなどで絶滅したのは、童話などでも分かるように、オオカミに対する恐怖心や、家畜が襲われるなどの被害から、積極的に「駆除」を続けてきた結果のようです。
    本来は、家族思いの情深い動物のようです。
    エフさまへ
    はじめまして。
    せっかく書き込んで頂いたので、もう少し掘り進んで考えてみましょう!
    >環境維持や快復のためには最低限度は必要
    「なぜ」必要だと思うかを書いて下さい。
    最低限度とはどういう意味でしょうか。
    いじわるな質問と思うかもしれませんが、先の先を考えるのも面白いですよ!
    時に行き詰まって辛くもなりますが・・・。
    特に管理人の私は、背水の陣な気分です( ̄⊥ ̄A
    せっかくですから、思い切り悩んで下さいっ!

    返信
  • 夜景さま、Caravanさまへ。
    >これまでの日本にはこの理想論自体がナンセンスな考えだったんでしょうから。
    >理想論があるからこそ、それに向かって色んな政策、施策を講じて対応していこうとしてるんだと思います。
    なるほど!
    たしかにそうですね。
    「こうしたい!」と思うことが大切なんですね。
    >国家レベルでも自然や野生動物の保護政策をとっている国はあるのです
    私が今一番興味あるのが、ドイツの環境政策です。
    「環境先進国」と呼ばれるドイツ。
    例えば、日本が護岸工事を相変わらずやっている中で、ドイツでは護岸工事によって失われた環境を取り戻すために、コンクリートを剥がす工事をしているようです。
    道路建築によって分断されてしまった森をつなぐために、高速道路を地下に沈めて、森と森をつないだり。これによって、野生動物が車にはねられる被害も減ったようだし、生息環境に良い影響が出たようです。
    あえて言うなら、ヨーロッパ諸国での環境政策が良いことは分かりますが、ではそれを日本におきかえると、可能なことなんでしょうか?
    国土の7割ほどが山である、わが国の土地事情を考慮に入れると、「同じこと」はできないですよね。
    まだまだ実現は難しいのが現状みたいです。
    理想で終わらせないためには、私たちはどうするのが最善なんでしょうか。
    私もテーマから外れそうです(汗)

    返信
  • 皆さんこんにちは。
    私は今のみなさんと語り合うだけの知識もなにもありません
    ただ皆さんのお話をみさせてもらうだけです
    そんな中様々な意見をお持みなさんに共通していることが2つほどあるようにおもいます
    1つは地球の自然のことに興味があるということ、そしてもう1つはその自然を維持、改善していきたいという気持ちを持っている、ということです。
    たしかに地球の環境に一番変化をもたらしたのはわれわれ人類であり、本来はすべての人達が皆さんのような知識と、熱く語り合い、行動する道筋を模索するべきなのでしょうね。
    ただ残念なことに、大多数の人は自分の快適な生活を求める事を是とするあまり、その様な事をないがしろにして来ました。
    奇麗事を言うつもりはありません。私もその一人です。
    皆さんのように考えることが出来るようになる為に、幼い頃から自然に触れ、その尊さと重要性を学ぶしっかりした教育がればもっとみんなが環境ということに目を向け、より良い自然を後世につなげていけるのでは、とおもっています。
    みなさんのディスカッション、たのしいです。
    少々横道にずれてしまいましたが、せっかく書き込んだので一言だけ。
    動物にえさを与えるという事、皆さんが考える環境維持や快復のためには最低限度は必要なのではないでしょうか?
    稚拙な意見ですが。

    返信
  • 素晴らしいの一言です。今、とっても感動してます。
    此処に参加している方々が、ひとつの村を構成していたら
    と考えると、わくわくします。(無理でしょうが)
    どのご意見ももっともで、問題点もでてきました。
    ディスカッションの意義も見出されてきました。
    「野生動物との接し方」はどうもひとつひとつの事案により
    ことなり、対処していかなくてはならないようです。
    ちたま様の具体例はOKです。
    Caravan様の開発案は大賛成です。狼の件は考えさせてください。
    ちゃこ様の言うように日本ではどうかと考える事も大切ですね。
    エフ様のように自然体での発言も真実をついているような気がします。
    今日は、テーマから大はずれでゴメンナサイ。

    返信
  • そろそろ終息に向かった方がいいかなと思ったので、とりあえず私の考えをまとめてみました。
    まず野生動物の区分を“管理保護すべき動物”と“そうでない動物”の2つに分けて考えます。
    “管理保護すべき動物”とは絶滅に瀕している動物を指します。
    これらは一定の条件下で管理すべき者(団体等)がエサをあげたり、生態を調査・把握したりすることが望ましいと考えます。ただしこうした動物は本当に必要最小限に止めるべきかなと思います。
    “そうでない動物”には、人間の生活に大きく関わってきている動物と関わっていない動物がいますが、ここでは大きな括りとして1つにまとめます。
    こうした動物とは基本的に接しない。エサを与えることは論外。ただし観察程度はOKかなと思います。
    その動物のみならず、その動物の生息圏全ての生態系に配慮することが必要だと思いますが、これからは自然を観察・体験するという場が貴重ですし、そうした経験が知識となり、意識改革に繋がると思うからです。
    もちろん、観察・体験を重視しだすと、またおかしな開発やら取組みが行われてしまう可能性があるので、まず環境教育を徹底していくことが大事なのかなと思います。
    (こんなんでまとまってるんかな・・。)

    返信
  • こんにちは
    ちたまさん、ありがとうございます
    ちたまさんに言われてなぜそう思ったかかんがえてみました
    上手く説明できるか分りませんが
    たとえば砂漠の真ん中にただ種をまいても植物は育ちませんよね。
    芽を出し育つにはそれなりの環境が必要だとおもうんです
    動物も絶滅したところに同じ種をただ放つだけでなく住むだけの環境を整えなくてはそこに定着しないような気がします。
    その定着させる過程で、えさを与えることは時には必要なのではとおもったんです。
    あげるといっても人間が直接、ばかりではなく
    木の実を食べるものならその動物がこのむ実を付ける植物を実ができるほど育てておいてから放つ、みたいな間接的な与えかたも含めて。
    どうでしょうか

    返信
  • 返事遅くなりましてすいません。
    Caravanさんへ
    >環境教育を徹底していくことが大事
    まさに、その通りだと思います。
    数年前から、小学校で「生活」という科目が増え、その時間を利用してビオトープを作ったり、近所の草木を調べたりと、環境教育的な活動を行っているようです。
    テーマから外れそうですが・・・。(管理人のクセにすいません)
    しかし、その「生活」の授業を担当しているのは、小学校の教諭です。
    自然環境に精通している小学校教諭という方は、数えるほどしかいらっしゃらないでしょう。
    果たして、どれだけの学校で「正しい環境教育」が行われているのでしょう。
    環境教育を目指している人はたくさん居て、資格なども多く出ていますが、環境教育者として生活を成り立たせている方はそう多くないと思います。
    どちらかというと、ボランティアが多いというのが現状です。
    まずは、公的な環境教育者の育成と、働ける場所の確保が必要な気がします。
    エフさんへ
    考えていただき、ありがとうございます。
    >木の実を食べるものならその動物がこのむ実を付ける植物を実ができるほど育てておいてから放つ、みたいな間接的な与えかたも含めて
    そういうあげ方でしたら、つまりその野生動物が生きていく上で必要な環境を整える…ということですよね。
    それなら、私も大賛成です。
    しかし、どうにもテーマから脱線していますよね・・・。
    基本的に、みなさまの考えは「野生動物とは接しない」派が多いようですね。
    私もその一人ですが。
    Caravanさんが意見をまとめて下さいました。
    それが理想の姿です。ぜひ実現したい形だと思います。
    あと、2日。
    めいっぱい考えたいと思います。

    返信
  • 今回のテーマ、皆さんの意見を聞いていて
    『野生動物』にはエサを与えるべきじゃないのかな?って少し思い始めています
    できるだけお互いの生活圏に踏み込まないようにするのがいいのかなと。
    ただ動物に触れ合う事、とても大切だと今でも思います。特に私たちが『触れ合う』といってよくイメージするのは哺乳類ではないでしょうか?
    だとしたら『野生動物』ではなく牧場で飼育されている牛や馬などに直接さわったり、エサをあげる事でも十分得るものはあるんじゃないかって。
    ただCaravanさんのように観察のためとか、ちゃこさんの昔の家のように設置したエサ台から多少のえさを置いて与える(トリのいるところへエサをまくのではなく、トリがエサを見つけるか、食べるかは任意)くらいはいいんじゃないかっていまでも思っています。
    今回のディスカッション、自分では気がつかないことや違った見方などをきかせてもらってとても有意義でした!

    返信
  • 時間もないので参考程度に読んでもらえたら幸いです。
    鹿児島県出水市というところにツルの飛来地として有名なところがあります。
    実際行ってみたんですが。。。
    ほとんどエサに群がるハトのような状態。鳴き声は養鶏場のニワトリ並みにウルサイ!
    観光バスで見に来ている方も多かったんですが、どんな思いでこの風景を見ていたんだろうと思いました。
    前に“管理保護すべき動物”について触れましたが、この管理方法については真剣に考えていく必要があると思います。学識経験者がこれを良しとしているのであれば私もまだまだ学ぶべきことがあるんだなぁという気がしました。
    写真を“ひとコマ写真”に投稿してみました。
    デジカメ、性能よくなかったのかあまり綺麗に写ってません。
    雰囲気だけでも伝わってくれればいいんですけどね。

    返信
  • まとめが遅くなって申し訳ありません。
    まず、はじめに。
    たくさんの方のご参加、ありがとうございます。
    参加いただいた方は、
    夜景さん、Caravanさん、シロ&トモさん、ウッドペッカーさん、ちゃこさん、ガジュマルさん、のぎさん、tatsuさん、エフさん。
    本当に久しぶりに身のあるディスカッションができたんじゃないかなーって思います。
    最後に、まとめさせて頂きます。(まとまるかなー・汗)
    一番初めのころ、のぎさんが「エサをあげる人はなぜあげるのか教えて」と発言していましたが、残念ながら、エサをあげるという人は現れませんでしたね。
    エサ台を作って、野鳥が訪れるのを待つというものはあっても、公園で豆などをまいたり…という人はいませんでした。
    みなさんに共通していたのは、「自然破壊に対してなにかしなくちゃ」という考えを持ち、興味関心を抱いていることと、基本的に「野生動物とは接しない」という考えをお持ちということ。
    Caravanさんがまとめてくださったように、野生動物には大きく2つに分けると、管理保護すべき動物と、そうでない動物に分かれ、管理保護すべき野生動物は多くいると思います。
    その管理保護の方法として、私が考えるには、シロ&トモさんが言ってくださったように、「野生動物が住む環境を整える」ことが一番大事だと思います。
    管理保護すべき野生動物は、環境省が発行している「レッドリスト」(絶滅の恐れのある種を示したリスト)に掲載されているものが主体といえるでしょう。
    その管理方法は、専門家がきちんと定め、それを知識ある人が環境教育として伝えることが一番の理想でしょうね。
    まとまってないような気もしますが…。
    1ヵ月半、お付き合いいただきありがとうございました。
    次のテーマにもご参加頂けるとありがたいです。

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